「なんとなくそう思う」は根拠じゃない|コンサルが分析で叩き込まれる客観的事実の使い方

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「なんとなく、このままだと失敗する気がします」

プロジェクトの中盤、私はそう言った。膨大な量のデータを読み込み、インタビューを重ね、現場を観察した。その過程で蓄積された情報が、ある種の「違和感」として自分の中にあった。感覚的なものだったが、自分では十分に根拠になると思っていた。

マネージャーからの返答は一言だった。

「なんでそれが言えるの?」

言葉に詰まった。「膨大な情報に触れた結果として感じた違和感」は、自分の中では確かな根拠だった。でも第三者に伝えようとすると、何も言えなかった。

これはコンサルタントが必ず一度は経験する壁だ。「感覚的な確信」と「根拠として使える事実」は、まったく別物だ。この記事では、分析において「客観的事実を根拠にする」とはどういうことかを、実体験をもとに解説する。

「違和感」は根拠にならない理由

私が感じた違和感は、嘘ではなかった。膨大な情報を処理した脳が、何らかのパターンを認識した結果として生まれたものだ。経験を積んだ専門家の直感が当たることは、実際に多い。

では、なぜそれは「根拠」にならないのか。

答えはシンプルだ。「違和感」は自分の頭の中にしか存在しないからだ。

根拠とは、他者が検証できるものでなければならない。「私がそう感じた」という事実は、私の主観の話であって、客観的な事実ではない。第三者が「確かにそうだ」と確認できる情報ではない。

コンサルの現場では、クライアントに提言を届ける。クライアントは「この人がそう感じた」という理由では動かない。「この数字がこうなっているから、こういうことが起きている」という因果関係が見えて初めて動く。

客観的事実とは何か

では「客観的事実」とは何か。定義を整理しておく。

客観的事実とは、誰が見ても同じように確認できる情報だ。具体的には次のようなものを指す。

  • 数値データ:売上・コスト・件数・比率・期間などの定量情報
  • 観察事実:「〇〇という発言があった」「〇〇という行動が確認された」という一次情報
  • 文書・記録:議事録・メール・報告書など、記録として残っているもの
  • 比較データ:過去との比較・他社との比較・業界平均との比較

これらは「私がそう感じた」ではなく「こういうデータがある」「こういう事実があった」という形で提示できる。第三者が「確かにそのデータはある」と確認できる。

逆に客観的事実ではないものは次の通りだ。

  • 「なんとなく〜な気がする」
  • 「〜のように見える」
  • 「経験上、〜だと思う」
  • 「おそらく〜だろう」

これらは意見・推測・印象であって、事実ではない。分析の根拠にはなりえない。

違和感を根拠に変換するプロセス

ここが重要なポイントだ。「違和感を捨てろ」と言いたいわけではない。

違和感は、「何かがおかしい」というシグナルとして価値がある。問題はそこで終わらせてしまうことだ。違和感を感じたなら、次のステップは「その違和感を裏付ける客観的事実を探すこと」だ。

私が経験した場面で振り返ると、こういうプロセスが必要だった。

ステップ1:違和感を言語化する
「なんとなく失敗する気がする」→「何が失敗しそうなのか」を具体的に言葉にする。たとえば「現場の担当者がプロジェクトに協力的に見えない」という状態に気づいていた。

ステップ2:事実を探す
「協力的でない」という印象を裏付ける事実を探す。「ミーティングへの参加率が低い」「アンケートの回答率が〇%にとどまっている」「〇〇という発言が複数回確認されている」など、数値や観察事実として確認できるものを集める。

ステップ3:因果関係を組み立てる
事実が揃ったら「だから何が起きているか」を組み立てる。「担当者の参加率が低く(事実)、変更への抵抗を示す発言が複数確認されている(事実)。このままでは現場への展開で摩擦が生じ、スケジュール通りに進まないリスクがある(推論)」という形になる。

このプロセスを経て初めて、違和感は「根拠のある懸念」に変換される。

「感覚」を持つことと「事実で語る」ことは矛盾しない

誤解されやすい点を補足しておく。

「客観的事実で語れ」という話をすると、「では感覚や直感は不要か」という反論が出ることがある。そうではない。

コンサルタントとして経験を積む中で培われる感覚・直感は、問題を発見する「センサー」として機能する。何千ものデータを見てきた人間だからこそ気づける「ずれ」がある。これは非常に価値が高い能力だ。

ただし、その感覚を相手に届けるためには、事実という「言語」に翻訳する必要がある。感覚は自分の中では確かなものだが、伝わらなければ意味がない。

優れたコンサルタントは、感覚で問題を嗅ぎつけ、事実で証明する。この二段構えができる人が、チームや組織を動かせる人だ。

日常でも使える「事実と意見を分ける」習慣

コンサルの現場だけの話ではない。日常のコミュニケーションでも、「事実と意見を分ける」習慣は効果がある。

たとえば夫婦間の会話でも同じだ。「あなたはいつも家事をやらない(意見・印象)」と「今週、食器洗いをしたのは私だけだった(事実)」では、相手の受け取り方がまったく変わる。事実から話し始めると、相手が防衛的にならずに話を聞ける。

育児でも同じだ。「この子は言うことを聞かない(意見)」ではなく「今週、着替えを3回拒否した(事実)」と整理すると、原因を探しやすくなる。

「事実と意見を分ける」という習慣は、コンサルの現場で叩き込まれるものだが、使える場面は日常のいたるところにある。

まとめ:違和感は入口、事実が根拠

分析において客観的事実を根拠にすることの本質をまとめる。

  • 違和感・直感は「問題のシグナル」として価値がある→ 捨てる必要はない
  • ただし違和感は根拠にならない→ 第三者が検証できる形に変換する必要がある
  • 客観的事実とは、誰が見ても同じように確認できる情報→ 数値・観察事実・記録・比較データ
  • 違和感を事実に変換するプロセスが分析の核心→ 言語化→事実探し→因果関係の組み立て
  • 感覚で嗅ぎつけ、事実で証明する→ この二段構えが人を動かす

「なんでそれが言えるの?」という問いに答えられる状態を作ること。それが分析の出発点だ。

よくある質問

Q. 経験豊富な人の直感は根拠として使えないのか?

直感それ自体は根拠になりませんが、直感が指し示す方向を事実で裏付けることはできます。「経験上こう感じる」という発言は仮説の提示としては有効ですが、その後に必ず事実で検証するプロセスが必要です。

Q. データがない場合はどうすればいいか?

データがない場合は「データがない」こと自体を事実として提示した上で、入手可能な観察事実・インタビュー結果・類似事例などを根拠として使います。「わからない」を明示することも、誠実な分析の一部です。

Q. 事実と解釈の違いは?

「売上が前年比20%減少した」は事実です。「売上が減少したのは競合の台頭が原因だ」は解釈(推論)です。事実と解釈を混在させると、根拠が曖昧になります。分析では両者を明確に分けて提示することが重要です。


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